官僚になれなかった夏

はじめまして。ブログ初心者のNao-Naoと申します。このブログでは日常の時事問題や公務員試験の勉強・受験時の心構え、就職活動等について書いていきたいと考えております。何卒よろしくお願いいたします。

★【連絡】更新の再開について★

こんばんは。Nao-Naoです。

 

大変ご無沙汰しております。

2018年度の官庁訪問体験記を書き終えた段階で、達成感のあまり、ここまで休んでしまうことになるとは思いませんでした。

私自身も驚いております。

 

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Twitterを見てくださっている読者の方にはアンケートを取らせていただきました。

結果は「官庁訪問体験記の続きを早よ書くんだ!!」というものでした。

私自身の怠慢さを真に戒めてくださった皆様には本当に感謝しております…

 

ただ、いきなり前回のように濃度の濃い、的確なブログはなかなかリハビリ無しに書くことはできません…

ですので、少しの間、リハビリ代わりにニュースについて浅学ながらブログに綴っていきたいと思います。

本筋から逸れるとは思いますが、可能な限り、公務員試験に資するような内容のニュースを選んで書かせていただきますので、読んでいただければ幸いです。

 

これからも当ブログをよろしくお願いいたします。

 

Nao-Nao

★【⑬】官庁訪問体験記 2018'★

こんばんは。Nao-Naoです。

 

まず最初に、今回の令和二年七月豪雨にて被害を受けられた方々に心よりお見舞いを申し上げます。早期の復興、日常の回復を祈念しております。

 

事前にTwitterにて連絡しましたように、今週は人事院での官庁訪問について書かせていただきたいと思います。

加えて、ご報告ですが、私の拙いブログを読んでくださる方が1,000人を超えるほどになりました。飛び上がりたいほど嬉しいです。本当にありがとうございます。

これからも読んでいただける方々が増えれば、時期を見て更新の頻度について考えなければならないのかな、と思っております。

 

今回は人事院についてですが、正直、第二クールの三日目に行ったこともあり、

志望度は無きに等しかったです(これを隠して熱弁を揮えないとなかなか厳しい…)。

私は志望度の低さが見抜かれてしまったので、昼過ぎにエレベーター送りにあってしまいました。ですが、この短い時間の間で三回(入口・人事・人事)の面接を受けることができ、内容も濃かったので、かなりの面接練習になったと思います。

 

では、前回の法務省編は以下にリンクを貼っておきます。是非併せてお読みください。

 

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2018年度の官庁訪問最終は「人事院」に行こうと前日の法務省にて待っている間に考えており、面接カードはホテルに帰宅後書きました。

 

素直なところ、人事院が何をしているかは曖昧で、詳しくは知りませんでした(ホテルに戻ってから初めてパンフレットのPDFを印刷したぐらいです)。

 

結論から述べると人事院だからできる!ということはなかなか思い当たりません。

よくある人事院勧告について触れようと思いましたが、生兵法は大怪我の基なので、余り触れられず、安定に書くと…公務員の方々が職務に励むことができるような体制・制度作りに携わりたい。という当たり障りのないものになってしまいました。

 

さて、朝に人事院に向かうと上階に案内され、三階か四階にある控え室に通されました。いつも通り面接カードを回収された後は、椅子だけが沢山用意された部屋にて座って自分の番号が呼ばれるまで待っておりました。

 

他の省庁なら後から来た人には別口の入口面接が行われるはずですが、人事院は他の訪問者達と同じ括りで呼ばれ、法廷らしきところに案内されました。

重厚な木製の扉を通り抜けた先には八つほどの机があり、そのそれぞれで入口面接が行われました。

 

私の面接官は三年目の方で、「他の省庁を訪問してどうであったか」や「人事院を志望する理由」、「どんな話を聞きたいか」等本当に五分ほどの入口面接が行われました。

私自身、そこは淀みなく全てお答えすることができ、面接官の方も よく頷いてくださりました。

 

手応えが上々であったので少し余裕を感じながら控え室に戻ると、あんまり体調が良くなかったのか隣の席の男性がしきりに汗をかきながらトイレに何度も行っていました。

あまり緊張してはいけないと考えた私は深く控え室では物事を考えないように努めましたが、話す相手もいなく、寂しい気持ちでいました。

 

二回目の面接にすぐ呼ばれ、今度は五年目の方が面接官でした。

同時に面接される方がいなかったのでその法廷らしき場所を独り占めした形での人事面接となりました。

まずは、「他の省庁をどのような軸で訪問したのか」という内容の質問をいただきました。これについては「まず、防衛省については…」といったように個別の理由を簡単に挙げながら最後に「全てで一気通貫しているのは人を慮る心を常に持って働けるかどうかを軸に訪問させていただきました」と演繹法のように説明しました。

また、私は質問を簡潔に「はい、(質問)ということについては…」といった形で自身で時間を作り、主導権を相手に握られ過ぎないように気を付けていました。

 

次いで、「人事院に求められる素質は何だと思いますか?」という質問があり、「素質は二つ、形にならない問題を早期に発見する洞察力と改善したことで公務員の方々がより職務に専念できるような環境を作る実行力です」と答えました。

あと、趣味やガクチカ等平凡な質問を受けた後、この部屋がなぜ裁判所のような作りになっているのか、なぜ「公正」という文字が掲げられているのか、といったことを教えていただきました。

 

部屋に戻ると三人程度の方がもういなくなっており、まだ入口しかしていないのに…と悲しくなりました。

そして、またすぐに呼ばれ、三回目の面接、今度は十年目の面接官の方が担当になりました。場所は同じ「公正」部屋です。

 

質問は「あなたが考える『公正』とは何か」や「どのようになれば達成されたと感じるか」等極めて返事が哲学的になってしまうようなものでした。

ふるいにかけているのがありありと分かりましたので、いずれの質問にも本当に自分の意見と学説を交えながらお返事をしました。

が、しかし、あまり面接官のペンは走らず、私はこの方のお眼鏡には適わなかったのだと理解しました。正直な反省点としては、実務的な回答ではなく極めて哲学に寄ったものになってしまったことだと思います。

 

そして、控え室にて一時間半程度待った後、「虐殺」にて大半のメンバーと共に帰宅させられました。

一階にて休憩室があったので水を貰い、どうしようかぼーっと考えていたところ、防衛省法務省で顔を見た方がいたので話しかけ、そのまま遅めの昼食に向かいました。

東京大学の方だったのですが、かなり落ち込んでいたので、一緒に第一生命ビル地下一階にてご飯を食べ、お酒を飲み、LINEを交換して帰宅の途につきました(いまだにその方とはメールや電話をするほど仲良くしていただいてます)。

この時は本気で官庁訪問は終わったと思いました。

 

また来年行くことになるとは知らずに…。

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これにて、2018年度官庁訪問は全て終わりです。

なかなか失敗談を述べられる方は珍しいのではないか、と書いていて感じました(笑)

 

最後に書かせていただきましたが、実は前年の官庁訪問も行っております。

その話についてもまた書かせていただきたいと思っております。

 

このブログを初めて約一年、ようやく前々年の官庁訪問について書き切ることができ、達成感に包まれております。

しかし、私の体験談が少しでも次世代を担う国家公務員となられる皆様の一助になると分かった今、ここで打ち切りという訳にはいかないと謎の使命感に燃えております。

 
ですので、これからも更新していきますので是非読んでいただければと思います。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
次回をお楽しみに!

 

 

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↑上記↑が初めて書いた官庁訪問体験記です。

参考までに読んでいただければと思います。

 

Nao-Nao。

 

追伸:2019年度版も始めました。

 

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★【⑫】官庁訪問体験記 2018'★

こんばんは。Nao-Naoです。

 

ほぼ月一の更新のようになってしまい、申し訳ないです。

私のブログを見て頂いている方が多いこと、本当に励みになっておりますので、

仕事が落ち着けば、可能であれば二週間に一回、週に一回を目標に書いていきたいと思います。

 

前回の記事をまた貼っておきますね。是非併せてお読みください。

 

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 以下、第二クール二日目の体験記を書いていきます。

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第二クール一日目の文部科学省にて、ニュース速報が入ってきました。

内容は「松本智津夫死刑囚の死刑執行」というもので、控室内は珍しく、

ざわついていました。

 

その翌日、三日目に私は法務省の門を叩きました。

法務省の周りは厳戒態勢で、警察官の方達が素人の私が見ても非常に多く、

別の意味で非常に緊張感がありました。

 

少し早く合同庁舎六号館の中に入ると、一階の待合室らしきところに椅子があり、

他の訪問者達が座っておりました。おおよその時間になるとぞろぞろとエレベーターで上に上がって行くのですが、なかなかエレベーターが混んでおり、すぐ上がれませんでした。

理由としては同じ庁舎内に公安調査庁が入っており、そちらでも官庁訪問が行われているため、二つの訪問者が一階のエレベーターホールで一堂に会していたのです。

 

ちなみに法務省官庁訪問は少し変わっていて、面接は各部門毎(入国管理局は2019年、出入国在留管理庁に格上げ)に行われ、面接は数回、終わり次第随時帰宅という形式でした。

 

私は第一志望に入国管理局、第二志望に民事局を挙げていました。

呼ばれる順番は必ずしも手続した順番通りではなく、各々志望の局の担当者が空いた順番で呼ばれているように感じました。

 

まず、初めての法務省ですので、志望カードを受付にて提出し、待機します。

控え室では椅子が円形に並べられたのみで、机も飲み物も無い、初めての環境でした。

近くの椅子に座っていた男性は中央大学大学院の方で、少し意見交換をさせて頂きました。

彼は司法試験と併せて受験していらっしゃるということで、法務省には政治畑の人より法律畑の方が似合っているのかと少し感じました。

 

二回目の呼集で呼ばれ、民事局の面接から行われることになりました。

民事局の面接は一対三(訪問者:面接官)で、オーソドックスな質問(「なぜウチを志望するのか?」等)から法務省らしい質問(「人権啓発に興味があるようだけど、どのようにすれば人権意識は向上できると思いますか?」等)まで様々な質問を20~30分程度受け続けるものでした。しかし、民事局では余り人権啓発に力を入れる施策を打っていないようで、逆に面接官の方から「そういう視点があると気付かされましたね…」と言っていただけるほどでした。

 

一度面接が終わると控え室に帰り、控え室に駐在している職員の方に帰室した旨、

報告しなければなりません。

そして、椅子に腰を下ろしてすぐに名前が呼ばれ、入国管理局の方の面接が行われることになりました。

 

入国管理局の面接は実務を行っている横にあるパーテーションで囲まれた応接ブロックで行われました。ここは一対一で連続的に三人の面接官の方と面接をすることになります。

一人目は若い女性の方で、オーソドックスな質問を30分程度されました。少し、拍子抜けしましたが、すぐに「次の面接官が来ますので少しリラックスしてお待ちください」と言われ、驚いたことを覚えています。

二人目は課長補佐の男性の方で、オーソドックスな質問から入国管理、外国人に対する理解を深めるための施策等、幅広く30~40分程度話しました。詰まりながらも相手の質問に的確にお答えしていると、面接終了時に「もう少し位の高い人が来ますからお茶でも飲んでリラックスして待っててくださいね」と言われました。

三人目は課長をされていた女性の方で、オーソドックスな質問は自身が感じた問題の着眼点を聞かれたのみで、後は外国の方々の入国管理についての施策についてや不法滞在の外国人についての対処の仕方、水際対策の有効性を上げるための施策案等極めて専門性の高い話のウエイトが重かったような気がします。

その方が終わった時点で、「では、控え室にお戻りください」と言われ、少し専門性の高い話まで詰められなかったのかな…と反省しながら控え室に戻りました。

 

控え室に戻り、面接が終わった旨を伝えると、「本日の面接はこれで終了です。次回の予約につきましては対象者の方のみご連絡差し上げますので、お待ちください。本日はありがとうございました」と言われ、法務省官庁訪問は終わりました。

よく見ると控え室にはもう殆ど人が残っておらず、話していた中大大学院の人もいなくなっていました。

 

法務省を出ると、機動隊の方々が立っており、異様な雰囲気を醸し出していました。

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少し短いですが、これで官庁訪問第二クール二日目の話は終わりです。

 

この法務省の面接は各局によって面接のスタイルが異なるところに驚かされましたね。

あと、施策については幅広く、一見関係ないと思われることも聞かれますので、情報のアンテナを高く張り、常に情報収集に努めてください!

 

では、次は三日目の人事院を訪問した体験談を近いうちに書かせていただきます!

それでは、受験生の皆様は事前面談会、頑張ってください!

最大限の敬意をもって応援いたしております。

 

Nao-Nao。

★【⑪】官庁訪問体験記 2018'★

お久しぶりです。Nao-Naoです。

 

緊急事態宣言の解除がなされ、ようやく国家公務員総合職試験の日程が7月5日(日)の

開催予定となりましたね。

日程が不明の中、モチベーションの維持が非常に難しかったと思いますが、

日程が明らかになった以上、そこを目指して頑張っていただきたいと心より応援いたしております。

www.jinji.go.jp

以上のサイトは人事院国家公務員試験採用NAVIですので、

是非最新の情報を適宜確認してくださいね。

前回分もしっかりと貼っておきますので続けてお読みいただければと思います。

 

nao-nao.hatenadiary.com

 

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GABAを食べて、呑気に午後の部の開始を待っていると、

ある程度の塊で人が呼ばれ始めた。

午後の部が始まったことが分かり、これまでと同様、部屋中に緊張感が走りました。

 

私は二回目で呼ばれ、上にある会議室に集められました。

会議室は二つから三つ使用されているようで、一つの会議室内は六つ程度に分けられていました。いつも面接に呼ばれる際に使われる番号をランダムに振り分けられた机に五人程度の人員が充てられ、一つの議題に対して皆で考えをまとめるという、グループワークの形が採られていました。

 

一昨年の内容ですので、議題は伏せますが、なかなか意見がまとまりにくい内容で、

四苦八苦した記憶があります。

もちろん意見をまとめるだけではなく、発表もしなければなりませんので、

発表者等の選定も意見を整理する過程で行いました。

 

「この発表者は点数が高くつくのか…?」と感じていましたが、私の組の発表者及び他の発表者一人が次の面接までに脱落していましたのであまり関係ないかと思います。

 

発表が終わると、軽い講評が行われ、部屋に帰されます。

 

部屋に帰ると皆、次はどうなるのか不安な中、情報戦が展開されます。

「あの組は成績が良かったから上の階(いわゆる一軍部屋)に行ける」とか「あの組は発表者ですら落ちたから望み薄だ」等の流言飛語が飛び交うことになります。

しかし、このような情報戦の中にあって、本当に信用できるのは同じ机に座った仲間達だけであり、彼らからの情報しか余り信用してはいませんでした。

 

皆で交代しながらトイレに行きながら、呼ばれた人達の行方を追跡したりして少しでも確実な情報の確保に努めました。凄く切羽詰まっていたのだと今から思えば感じます。

 

そして、その次に原課面接に呼ばれ、15年目の高等教育局の課長補佐の方とお話をしました。

面接内容はこれまでと変わらず、志望動機・問題意識等が聞かれました。

これについての返事は良かったのですが、問題意識からの解決策→解決策における問題点を答える際に少し、時間を空けてしまいました。

面接官の方は優しく聞いてくれていましたが、面接において解答に詰まることは良くないことであると知っていたので、これは失敗したな、と感じました。

そこそこの返事を得て、「君の志望動機の強さは良く分かった。ただ、問題意識からのPDCAサイクルはやっぱりしっかり考えておいた方が良いよ」とアドバイスいただきました。この返答からもかなり厳しいのだと感じました。

だいたいの場合、本当の意味でのアドバイスをいただくと次の面接に繋がりづらいのです…。

 

部屋に帰ると人数が凄く減っており、10数人程度になっていました。

私が面接から帰り、10~20分程度経った頃、呼びに来る方が入って来られ、

残り2~3人程度しか残らないようなぐらいの勢いで番号を呼んでいきました。

もちろん私の番号も入っていました。皆虐殺だと気付いているようでがっくりと肩を落として廊下に並びました。そして対角線上にある会議室に全員入れられ、その場で文科省での採用可能性が低い旨通告されました。

職員の方に付き添われてエレベーターホールまで行き、見送られて帰宅することになりました。

 

私は帰宅した後、翌日に行く予定であった法務省の志望書を書き上げなければならなかったため、助かったと思った反面、やはり少し悲しくなりました。

官庁訪問はメンタルが鍛えられるなと痛感しました。

 

実は、この日、ある重大な事が起こっていて、翌日の法務省では大変なことになるのですが、続きはまた追々書いていきたいと思います。

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これで、第2クール1日目の文科省は終了です。

 

官庁訪問ではやはり得るものが多いと感じた次第で、可能であれば、

もう少し楽しめればよかったと感じます。

もちろん、官庁訪問中はストレスばかりしか感じないと思いますが、

全て終わった後に思い返してみれば必ず良い思い出になります。

 

第2クール2日目の法務省は面接が短いことで有名ですのでもう少しあっさりと書くことができると考えています。

 

次回は短いこともあり、もう少し早くに投稿したく思っております。

それでは、読んでくださっている受験生の方々、勉強、頑張って下さいね。

応援しております!

 

Nao-Nao。

★【⑩】官庁訪問体験記 2018'★

こんばんは。Nao-Naoです。

前回の更新から2ヵ月近く空いてしまいました。

4月からバタバタしており、ブログを更新する時間がありませんでした。

Twitterをする時間はあったのですが…お待たせして申し訳ございません。

 

さて、今年の公務員試験はイレギュラー対応に終始しそうです。

一次試験の択一試験も延期され、官庁訪問自体が以前の国家公務員Ⅰ種試験の時のように受験生全員に訪問させて頂けるのか、それとも三密を避けるために今年の採用を取りやめるのか、非常に難しい岐路にあると思います。

 

前回の体験記でおおよそ第1クールの官庁訪問は終わりましたので、今回は第2クールの官庁訪問について書かせて頂きたいと思います(第2クールからの訪問で採用されることは本当に稀であるので、その点は留意していただきたいです)。

前回の官庁訪問分はここに貼っておきます。

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第1クールが終わり、土日は心身共にゆっくりと休めることができました。

官庁訪問で知り合った友人との飲み会、②ひたすらホテルで半身浴、そして、

③時間を忘れるほどの睡眠、によって完全にリフレッシュすることができたのです。

 

そして、第2クールの初日、私は文部科学省を訪問しました。

文科省が第1クール初日に来なければ厳しいという話はその控室で後々同じ官庁訪問の方から聞くことになりますが、その時は、それを踏まえた上で、来年の官庁訪問について漠然と考え始めていた時だったのであまり気にはなりませんでした。

まず、第2クールであったということもあり、列に並ぶこともなく、表玄関からエレベーターを使い、待合室のある階まで移動します。

移動すると、左右両方の突き当りに長机が準備されており、訪問者の管理を行っていました。

私が第2クールからの訪問であることを伝えると、若い女性の事務官は少し驚いた顔をして私に終電記入用紙と、入館許可証を渡し、「待合室にて記入をお願いします。記入が終われば、こちらまで提出のほどよろしくお願いします。」と笑顔で伝えてくれました。

 

その長机から更に突き当りまで進んだところに控室があり、終電記入用紙にNAVITIME

で調べた終電時刻を記入し、入館許可証にも自筆署名をして提出しました。

提出後は許可証のみ戻り、その頃には第1クールを生き残った訪問生達が続々と待合室に入ってきていました。

文科省の控室には机に白いテープ?のようなものが貼ってあり、ホワイトボードマーカーで何か書けるようになっていました(情報交換用?)。

また、部屋にはウォーターサーバーが準備されており、正直、ペットボトルが置いてある他省庁よりも気兼ねなく飲むことができ、ありがたかったです。

壁中には啓発ポスターが貼ってあり、キャラクターをきっかけに話をしている机もありました。

同じ机になった訪問生達に話を聞くと、①文科省はもう既に一軍と二軍を決めていること、②こちらは二軍で、一軍は更に上階にある会議室に集められていること、を教えてもらいました。こちらは全く文科省を意識していなかったため、来年の予行練習に近いことを伝えると、更に③この二軍部屋では夕方ぐらいに必ず「大虐殺」がある、これで生き残れたら第3クールに呼んでもらえる可能性は高いが、おおよそ10人残れば良い方だろう。という情報ももらいました。部屋にはおよそ40~45人程度の訪問生がいたので、この中でそれだけの人が落ちてしまうのだと改めて官庁訪問の怖さを思い知らされました。

 

その後、面接が始まり、私は初めてということもあり、入口面接が行われました。

最初は初等中等教育局の3年目職員の方が、志望動機やどのような話を聞きたいか、等について5分ほど話をしました。

私は国際化教育の重要性について述べ、自身の大学院における経験から英語教育の早期化について主張し、面接官の方も一定の理解を示してくれました。

 

本当にそれだけで、肩透かしにあったような気がしましたが、そのまま控室に帰ると、時を待たずにすぐさま呼ばれ、今度は総合教育政策局政策課の方と面接を行いました。面接場所は局の部屋内にあるブースでした。

 

今度の面接官の方は7年目の方で、以前の部署が初等中等教育局で企画をなさっていた方でした。面接自体は非常にオーソドックスなものでしたが、文科省らしく、「どのような教育内容にすれば、あなたが主張するようなオーラルコミュニケーションができる人材が育つと思いますか。」であったり、「その問題意識はあなたの経験に基づいていますが、他の人の経験と普遍化できていますか。」であったりとかなり経験と実践に基づいた話をされました。

私自身は可能な限り広く説明し、薄くならないように自身の経験で裏打ちしました。面接官の方からのコメントは「問題意識も明確だし、アプローチの仕方もある程度鮮明に描けていますね。しっかり考えられていると感じました。次の面接でもこの調子で頑張って下さいね。」といったもので、非常に好意的なものでした。

 

そして、しばらく控室で待機し、どのような質問をされたか、誰と面接をしたか、といった情報交換を行っていました。

1時間程度待った後、また呼ばれ、今度は科学技術・学術政策局の9年目の方と面接をセッティングしていただきました。

 

最初に相手の方から「希望の話はなかなかできないとは思うけど、公務員は部署を回されることも多いから、少しでも興味があることを聞いてくれると嬉しいです。」と丁寧に仰られ、いつも通り志望動機、問題意識等を聞かれました。そこは無事無難に乗り切ることができましたが、最後に「うちの局について興味のあることはあったりしますか?」と聞かれ、咄嗟に産官学の取り組みについて私の大学での産官学連携の取り組みを交えて、お聞きしました。

その機転が良かったのか、「案外志望分野的に弱いと思っていたこの局でも良くこれだけ話ができたね。素直に凄いと思うよ。次は順番的に昼過ぎになるかもしれないけど、次も頑張ってね。」と言われ、心強く感じました。

 

結局、そのまま昼ご飯に入ることになりましたが、その直前に10人程度まとめて番号が呼ばれ、その方達はそのまま控室に帰ってくることはありませんでした。

名前を呼ばれた方達が全員出ていったのと入れ替わりで職員の方が入ってきて、お昼休みとなりました。

一緒に飲みに行った友人がいたので、お昼は共に下の食堂で食べ、長期戦になった場合に糖分を補給するために省内のコンビニでGABAを買いました。

午後はチョコレートを買っておいてよかったと思うぐらい、周りの方々が帰宅していくことになるのですがそれは次回に書きたいと思います。

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今回は文科省午前の部を久々に執筆させて頂きました。

本当に長い間お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした。

 

公務員試験も先行きが不透明な中、やきもきしている方も多いと存じますが、その不安を銃弾に変え、日々勉学に取り組むことで、しっかりと試験が行われた暁には持ち弾としてこの期間に学んだことを活かせるよう頑張って下さいね。

体調管理がこのご時勢に関わらず、テストにおいては非常に大切です。

この体験記を読んでくださっている読者の皆々様もより一層ご自愛くださいますように。

 

Nao-Nao。

★【過去問】国家公務員総合職試験(行政) 政治学★

こんばんは。Nao-Naoです。

今回は少し早めに更新してみました。

 

前回の過去問に対しては、私自身が解いていなかったため、

解決指針を示せなかったこと、申し訳なく思います。

 

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今回は私が実際に解いた政治学の問題について述べることが出来れば、

と考えています。政治学は行政区分で受験する人達にとって避けられない分野ですから是非一緒に考えられれば嬉しいです。

直近の過去問については以下の人事院のHPを参考にして下さい。

www.jinji.go.jp

 

*多分に漏れず、全文を載せると著作権の関係から問題になる可能性がありますので、端的にまとめなおしておりますこと、ご承知おき下さい。可能な限り、問題文の本意から逸れないようにはまとめているつもりですので、何卒宜しくお願い致します。

 

以下問題、

 

政治学】今日では我が国を含む多くの国において,医療保険・年金・雇用対策・生活困窮者への扶助といった広範な分野において,国家が福祉サービスの提供者として中心的な役割を果たしている。国民の福祉の向上に積極的に関与する国家のことを福祉国家と呼ぶ。…(中略)…市場における自由競争に任せているだけでは,経済的格差などの諸問題は解決せず,国家がこのような問題に率先して取り組むべきだとの認識が福祉国家建設の礎となったと言っても過言ではない。

福祉国家に対しては,高い租税負担率や政府の財政赤字の増大が経済全体に悪影響を及ぼすとの批判がある。一方で,福祉国家自体に対し原理的な批判を展開する政治理論も存在し,その一つがリバタリアニズム(自由尊重主義)である。

代表論者のR.ノージックは,国家は国防・司法・治安という最低限の役割を果たせばよく,それ以外については個人が任意に加入・脱退できる民間の組織及び事業主体、共同体に任せるべきだと主張する。

リバタリアニズムの主張の内容と論拠を整理し,リバタリアニズム福祉国家批判の意義と問題点について,具体的な事例を挙げながら論じなさい。

 

この問題、試験会場で見た時、ガッツポーズをした思い出があります。なぜなら、前日の復習で用心深く読んでいたところが偶然この分野だったからです。

おかげで私はこの設問、8割程度の得点を頂くことができました。

だいたい、分量は表28行、裏28行の大学テスト用紙のようなものの内、8割以上書かなければなかなか厳しいと思います。

つまり、(28+28)×0.8=44.8≒45行 となります。

 

<考え方(一例)>

まず、リバタリアニズムの主張についてですが、「個人の完全な自治最小国家」に尽きると思われます。アダム・スミスの『国富論』と同じく「個人が自由に自己の利益を最大限追求し、競争することが「見えざる手」によって社会全体の利益の最大化にも繫がる」と考えています。

 

リバタリアニズムの理論家、なかなか忘れがちですが、簡単に確認しておきましょう。「ミルトン・フリードマン」「フリードリヒ・ハイエク」そして「R.ノージック」です。

 

勿論、リバタリアニズムにも様々あり、大まかに分けると⑴無政府主義(ハード・リバタリアニズム)、⑵最小国家主義(ソフト・リバタリアニズム)、となります。⑴で書いても良いかもしれませんが、公務員試験という特性上⑵の方がよりベターだと思います。

 

⑵は「夜警国家」であり、この思想の根底には”政府に対する不信感”があります。国家に任せているとロクなことが無い!というのがこの思想の源流にあると言えるでしょう。

 

そして、問題提起の意義は「国家による経済活動及び個人活動への介入の程度を考える」ことに集約出来ます。つまり「大きな政府の否定」と「天賦の才能の肯定」です。

また、狭義で見ると、JT(日本専売公社)、JR(日本国有鉄道)、NTT(日本電信電話公社)、日本郵政(郵政事業庁)のような民営化を考え直すことであると思います。

 

最後に問題点ですが、これについては具体例が沢山思い付くと思います。

例)「年金制度」…高齢者に対する生活保障

  「障害者保護」…障害者に対する生活保障

現代社会において、何よりも重視されるべき生存権の保障が社会的弱者に対する保障がリバタリアニズムの観点からは不可能であるということを述べられれば良いと思います。

 

今回は不十分ながら考え方の一例を書かせて頂きました。

むしろ、造詣が浅い中で書いてしまい、混乱されるかもしれませんが、問題文だけは本意に沿っていると思いますので、問題だけ参考にして下さっても全然構いません。

「…のようにすれば良い」や「…というところが分かりづらい」という意見がありましたらまたお教え頂ければ非常に助かります。

 

では、今回はこれぐらいで筆をおきたいと思います。

また、時期を見て書かせて頂ければと思います。

 

Nao-Nao。

★【過去問】国家公務員総合職試験(政治・国際区分) 国際関係B★

おはようございます。Nao-Naoです。

 

また1か月近く更新が開いてしまい私のブログを楽しみにして下さっている方々には非常に申し訳なく思っております。

言い訳をさせて頂きますと、入社までに必要な資格の習得の勉強に追われていたことと、論文を執筆していたことが理由です。

恐らくどちらも私のタイムスケジュール管理のダメさ加減に起因するものであると私事ながら慄然としております。

 

今回は久しぶりに官庁訪問ではなく公務員試験の勉強、特に公表されていない過去問についてお伝えできればと考えております。

人事院のHPにあります総合職募集要項の下に「試験問題例」があり、そこをクリックすると一応、抜粋された過去問を見ることができます

www.jinji.go.jp

 

しかし、「国際関係B」についてはなかなか英文が掲載されず、難易度的にどのようなものか判断がしづらいと思います。

ですので、今回は、私が1回目に受験した年度の「国際関係B」について述べます。

私自身は英語が苦手でこの問題は選択しなかったので、参考程度に大まかな雰囲気だけでも理解して頂れば、特に独学の方だと驚かないと思います。

 

*全文掲載するのは著作権的に少しまずいのかなと思いまして、全文の掲載は見送らせていただきますが、文頭及び文末の記載は範囲理解のために残しております。また、問題の下に出典先であろう書籍を挙げておきますので、そちらの方を確認していただければ、と思います。

 

以下問題、

 

[国際関係B]次の英文は,第二次世界大戦後の国際関係論の出発点となった学問的論考の一部である。英文について適切な用語を用いながら論点を簡明に説明しなさい。そして,英文の議論が,戦後の国際関係論の発展にどのように寄与してきたのかを明らかにし,具体的な例を示しながら,今日の国際社会にどのような影響を与えているのかを論じなさい。

 This book purports to present a theory of international politics. The test by which such a theory must be judged is not a priori and abstract but empirical and pragmatic. The theory, in other words, must be judged not by some preconceived abstract principle or concept...(中略)...within itself?

 The issue this theory raises concerns...(中略)...use of force to remedy these defects.

 The other school believes...(中略)...evil rather than of the absolute good.

 

恐らくこの文章はMorgenthau, Hans J,(1992), Politics Among Nations – The Struggle for Power and Peace, New York, Mcgrew Hill からの抜粋ではないかと思います(日本語ではモーゲンソー『国際政治―権力と平和』(福村出版、1998年))。

モーゲンソーはリアリストの大家で、公務員試験には必ずと言っていいほど出ます。しかし、原文を読んでいるかと言われればなかなか難しいのかと思います。

公務員試験勉強の合間にでも、気分転換と理解の促進を兼ねて、興味を持たれた方は是非一読下さい。

 

では今回はここまでにしておきたいと思います。

また、更新は必ずしますので見て頂ければ嬉しいです。

 

Nao-Nao。